訪問スポット
建仁寺(臨済宗建仁寺派大本山 / 京都五山第三位)
八坂神社(東方守護・蒼龍)
高台寺(臨済宗建仁寺派)
清水寺(北法相宗大本山)
三十三間堂(天台宗)
建仁寺(臨済宗建仁寺派大本山)




1202年創建。鎌倉幕府二代将軍・源頼家が開基、臨済宗開祖・栄西が開山した京都最古の禅寺で京都五山第三位。堂内や庭園の撮影が可能。
「風神雷神図」(国宝) ― 俵屋宗達作。実物は京都国立博物館へ寄託されており、館内にあるのは精巧なレプリカ。
天井や襖に描かれた圧巻の龍画「双龍図」、禅の思想を象徴する枯山水庭園「○△□乃庭」
安国寺恵瓊、太原雪斎、黒田長政、織田有楽斎など武将との縁が深い。高台寺や八坂の塔(法観寺)は建仁寺の末寺。
両足院 ―貴重な古籍、漢書、朝鮮本などの文化財を多数所蔵する塔頭。
八坂神社


飛鳥時代創建の二十二社。全国約2,300社ある素戔嗚尊を祀る神社の総本社。四条通の東の起点に位置し、円山公園に隣接する。四条河原町からも目立つ「朱塗りの西楼門」が象徴。
主祭神は素戔嗚(スサノオ)、櫛稲田姫、八柱神(御子神)。牛頭天王=素戔嗚とする神仏習合の歴史を持つ。初詣参拝者数は京都で伏見稲荷大社に次ぐ第2位。
祇園祭 ―京都三大祭・日本三大祭の一つ。平安時代の869年、神泉苑での御霊会が起源。970年より八坂神社が胴元を務める。
本殿【国宝】 ―徳川四代将軍家綱による再建。
四神相応(京都五社めぐり) ―平安京の東を守護する「蒼龍」の社(他は西:松尾大社、北:上賀茂神社、南:城南宮、中央:平安神宮)。
高台寺(臨済宗建仁寺派)







1606年創建。太閤秀吉の正室・北政所(ねね)が秀吉の菩提を弔うために発願。徳川家康の協力を得て完成した。
ねねは晩年を東山で過ごし「高台院」の号を受けたことが寺号の由来。
ねねが埋葬されていると伝わるお堂で、秀吉とねねの像を祀る霊屋【重文】や、千利休好みの茶亭で、伏見城から移設の傘亭・時雨亭【重文】がある
山の斜面を活かした高低差のある境内。竹林、枝垂れ桜、紅葉の名所でライトアップも実施。
清水寺(北法相宗大本山)【世界遺産】



778年(奈良時代末期)創建。開山は延鎮、創建者は桓武天皇から征夷大将軍を拝命した坂上田村麻呂。御本尊は千手観音。西国三十三所第十六番札所。
武神・軍神として信仰された田村麻呂ゆかりの寺。
『枕草子』『源氏物語』『今昔物語集』などの古典にも登場し、平安中期には観音霊場として著名に。
かつては奈良興福寺の末寺で、平安期には真言宗の影響も受けたが、現在は奈良時代に栄えた法相宗から独立し「北法相宗」の大本山。
本堂・清水の舞台【国宝】 ―1633年に徳川三代将軍家光の寄進により再建。釘を一切使わない懸造りの建築技法。
三十三間堂 / 蓮華王院(天台宗)




1164年、後白河天皇(上皇)の発願により平清盛が寄進して造営。東山区の妙法院の飛地として管理されている。仏像群(2018年に全て国宝指定・撮影不可)
蓮華王院本堂【国宝】 ―日本一長い歴史的木造建築。聖なる数とされる「3の倍数(無限)」にちなみ、34本の柱を立てて「33の間(空間)」を設定したことが名の由来。
中尊 ―運慶の子・湛慶作の「千手観音坐像」(像高3m超)。
千体千手観音立像 ―平安時代の創建時作が124体。1249年の火災で焼失した876体は、奈良・京都の仏師約150人が総動員で復興(室町時代に1,001体となる)。約500体には作者名が残る手彫り像。
二十八部衆・風神雷神像 ―堂内を守護する木彫像。室町時代の足利義教、桃山時代の豊臣秀吉らによっても修復が行われた。
ポイント
北の八坂神社・建仁寺から、高台寺・清水寺を経て、南の三十三間堂まで、京都市東山区の主要スポットが直線状に完璧に繋がっている。
源頼家、栄西、平清盛、後白河上皇、坂上田村麻呂、豊臣秀吉、北政所(ねね)、徳川家康、徳川家光、俵屋宗達、湛慶など、歴史の教科書レベルの人物が一堂に会している。
俵屋宗達の『風神雷神図』や双龍図(建仁寺)、千体千手観音と風神雷神像(三十三間堂)、懸造りの国宝本堂(清水寺)など、日本の仏教美術・建築の最高峰が凝縮されている。

